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2025.12.1

妊娠初期(4〜15週)

妊娠・出産の基礎知識

妊婦のトキソプラズマ症|胎児への影響と猫・生肉の注意点・検査解説

妊娠中は、お腹の赤ちゃんの健康を守るために様々な感染症に注意が必要ですが、その中でもトキソプラズマ症は特に気をつけたい感染症の一つです。

トキソプラズマ症は、トキソプラズマ原虫という寄生虫によって引き起こされる感染症です。健康な成人では約8割の方が無症状で、症状が出ても軽い風邪のような症状で済むことがほとんどです。しかし、妊娠中に初めて感染した場合は、胎盤を通じて赤ちゃんに感染する可能性があり、先天性トキソプラズマ症を引き起こすリスクがあります。

主な感染経路は、加熱不十分な肉の摂取や猫の糞、土壌との接触です。「猫を飼っているけど大丈夫?」「妊娠に気づく前に生ハムを食べてしまった」といった不安を抱える妊婦さんも多いでしょう。正しい知識と予防法を身につければ、過度に心配する必要はありません。

この記事では、妊婦さんが知っておくべきトキソプラズマ症の基礎知識から、胎児への具体的な影響、検査方法、そして日常生活でできる予防策まで、わかりやすく解説していきます。

妊婦の初感染による胎児への影響と先天性トキソプラズマ症

妊娠中のトキソプラズマ感染で最も重要なのは、妊娠中に初めて感染した場合です。この初感染により、母体から胎盤を通じて胎児に感染し、先天性トキソプラズマ症を発症するリスクが生じます。

日本における妊婦の初感染率は約0.13%とされており、決して高い数値ではありません。また、妊娠中に初感染しても、すべての赤ちゃんが先天性トキソプラズマ症を発症するわけではなく、何らかの症状が出るのは約10〜15%程度と考えられています。

重要なポイントは、妊娠前にすでにトキソプラズマに感染して抗体を持っている場合、妊娠中に再び感染しても胎児への影響はほとんどないということです。問題となるのは、あくまで妊娠中の初感染です。

妊娠初期・中期・後期の時期別感染率と重症度

トキソプラズマの母子感染率と症状の重さは、妊娠時期によって大きく異なるという特徴があります。これは妊婦さんが理解しておくべき重要なポイントです。

妊娠初期(妊娠1〜3ヶ月頃)に母体が感染した場合、胎盤がまだ未発達なため、胎児への感染率は比較的低く、数%〜25%程度とされています。しかし、もし胎児に感染してしまった場合の重症化率は約60〜70%と非常に高く、深刻な障害が残る可能性が高くなります。

妊娠中期になると、胎盤の血流が増加するため、胎児への感染率は徐々に上昇していきます。

妊娠後期(妊娠8〜10ヶ月頃)になると、胎児への感染率は60〜70%まで高まります。ただし、この時期の感染では、胎児の免疫系がある程度発達しているため、重症化率は約10%程度まで低下し、感染しても症状が出ない不顕性感染で済むことが多くなります。

つまり、妊娠初期ほど感染率は低いが重症度は高く、妊娠後期ほど感染率は高いが軽症で済むという、相反する傾向があるのです。

水頭症や網脈絡膜炎など赤ちゃんに生じる障害

先天性トキソプラズマ症を発症した赤ちゃんには、様々な症状が現れる可能性があります。代表的な症状をご紹介します。

水頭症は、脳を保護している髄液が頭の中に溜まって量が増え、脳自体を圧迫してしまう状態です。これにより、嘔吐や意識障害、けいれん発作、発達遅延などの症状が起こることがあります。

網脈絡膜炎は、目の奥の網膜や脈絡膜に炎症が起きる病気で、視力障害や失明につながる可能性があります。特に注意が必要なのは、出生時には症状がなくても、数年後、場合によっては成人してから眼の症状が現れるケースもあることです。

その他にも、脳内石灰化(脳の中にカルシウムが沈着する)、小頭症(頭が異常に小さい)、小眼球症(眼球が小さい)、肝脾腫(肝臓や脾臓が腫れる)、精神神経・運動障害、けいれん発作、知的障害などが起こる可能性があります。

ただし、出生時に無症状であっても、長期的なフォローアップが必要です。生後数年してから症状が確認され、先天性トキソプラズマ症と診断されるケースもあるためです。

猫や生肉など主な感染経路と注意すべき具体的状況

トキソプラズマ原虫は自然界に広く存在している寄生虫です。人への主な感染経路を理解することが、効果的な予防につながります。

レアステーキや生ハムなど加熱不十分な肉の摂取

加熱不十分な肉は、トキソプラズマ感染の最も一般的な経路の一つです。特に豚肉、羊肉、ヤギ肉、鹿肉などのジビエ(野生鳥獣肉)には注意が必要です。

肉の中にはシストと呼ばれる、トキソプラズマ原虫が包まれた状態で存在しています。このシストは冷蔵庫の温度(4℃程度)では数ヶ月間生き続け、一般家庭の冷凍庫の温度(マイナス19℃程度)でも完全には死滅しません。

具体的に注意が必要な料理としては、レアステーキローストビーフ生ハムサラミ肉のパテ(加熱不十分なもの)、ユッケ馬刺し鳥刺し鹿刺しなどが挙げられます。これらの料理は妊娠中は避けることをおすすめします。

「妊娠に気づく前に生ハムを食べてしまった」という場合も、過度に心配する必要はありません。感染率自体は低いため、次回の妊婦健診で医師に相談し、必要に応じて抗体検査を受けることをおすすめします。

調理の際には、肉の中心部までしっかりと火を通すことが重要です。肉汁が透明になり、ピンク色の部分が完全になくなるまで加熱してください。

猫の糞に含まれるオーシストとトイレ掃除

トキソプラズマ原虫は猫を終宿主としており、猫の体内で増殖します。感染した猫の腸内で作られたオーシストという卵のような形態のものが、糞便とともに排出されます。

ただし、「猫を飼っている=危険」というわけではありません。完全室内飼いで、生肉を食べる機会がない猫は、トキソプラズマに感染している可能性は低いとされています。一方、外に出る猫や、外で狩りをして小動物を食べる可能性がある猫は注意が必要です。

妊娠中は、できれば猫のトイレ掃除は他の家族に任せるのが理想的です。パートナーやご家族にお願いしましょう。どうしても自分で掃除をしなければならない場合は、必ず使い捨て手袋を着用し、掃除後はしっかりと石鹸で手を洗いましょう。

また、猫の糞に含まれるオーシストは、排出されてから数日間かけて成熟し感染力を持つようになります。そのため、猫のトイレは毎日掃除することで、オーシストが成熟する前に処理できるため、感染リスクを大幅に減らすことができます。

なお、猫を飼っているからといって、必ずしも手放す必要はありません。適切な予防策を取れば、猫と一緒に安全に暮らすことができます。心配な場合は、動物病院で飼い猫のトキソプラズマ抗体検査を受けることもできます。

ガーデニングや砂場遊びなど土壌からの経口感染

猫の糞に含まれるオーシストは、庭の土や公園の砂場など、屋外の土壌にも存在する可能性があります。ガーデニング畑仕事、お子さんとの砂場遊びなどで土に触れた後、手をよく洗わずに食事をすると、オーシストが口から体内に入り感染する可能性があります。

妊娠中に土いじりをする際は、必ず手袋を着用してください。ガーデニング用の手袋でも構いません。作業後は、石鹸でしっかりと手を洗うことが大切です。爪の間に土が入り込みやすいので、ブラシなどを使って念入りに洗いましょう。

また、庭で育てた野菜や果物を食べる際も注意が必要です。土が付いている可能性があるため、食べる前に流水でよく洗ってください。

トキソプラズマ抗体検査の仕組みと結果判定フロー

トキソプラズマ感染の有無や時期を調べるために、血液検査による抗体検査が行われます。抗体とは、体が病原体と戦うために作り出すタンパク質のことです。

過去の感染を示すIgG抗体と最近の感染疑いのIgM抗体

トキソプラズマの抗体検査では、主にIgG抗体IgM抗体という2種類の抗体を測定します。

IgG抗体は、感染後2週間くらいから上昇し始め、6〜8週でピークに達し、その後も長期間体内に残り続けます。IgG抗体が陽性の場合、過去のどこかの時点でトキソプラズマに感染したことを示しています。この抗体があれば、妊娠中に再び感染しても胎児への影響はほとんどないため、安心材料となります。

IgM抗体は、感染後1週間以内に現れ始める抗体で、最近の感染や急性期の感染を示す指標とされています。IgM抗体が陽性の場合、妊娠中の初感染の可能性が疑われます。

ただし、IgM抗体には重要な注意点があります。感染から時間が経っても、IgM抗体が低値ながら何年も陽性のまま続くpersistent IgM(持続性IgM)という状態があります。実際、IgM陽性者の約7割はこの状態か偽陽性であると言われています。つまり、IgM陽性だからといって、必ずしも妊娠中の初感染とは限らないのです。

感染時期を特定するIgGアビディティ検査の役割

IgM抗体が陽性だった場合、本当に妊娠中の初感染なのかを判断するために、IgGアビディティ検査という追加検査が行われることがあります。

アビディティとは、抗体と抗原の結合力の強さのことです。感染してから時間が経つにつれて、この結合力は徐々に強くなっていく性質があります。

IgGアビディティが高値の場合、感染から4ヶ月(16週)以上経過していることを示すため、妊娠前の感染である可能性が高いと判断されます。一方、低値の場合は、妊娠中を含む4ヶ月未満の初感染の可能性が否定できないと考えられます。

2024年10月から、日本でもIgGアビディティ検査が体外診断用医薬品として承認され、保険診療で実施できるようになりました。これにより、より正確な感染時期の推定が可能となり、不要な不安を減らすことができるようになっています。

陰性・陽性それぞれの判定後に必要な対応

抗体検査の結果に応じて、適切な対応が必要になります。

IgG抗体が陰性の場合、過去にトキソプラズマに感染したことがなく、抗体を持っていないことを意味します。この場合、妊娠中に初感染するリスクがあるため、日常生活での予防策をしっかりと実践することが重要です。また、妊娠後期(妊娠28週前後)に再度検査を受けて、妊娠中に感染していないかを確認することが推奨されます。

IgG抗体が陽性、IgM抗体が陰性の場合、妊娠前にすでに感染して抗体を獲得していることを示します。この場合、妊娠中に再感染しても胎児への影響はほとんどないため、過度に心配する必要はありません。

IgG抗体とIgM抗体がともに陽性の場合は、妊娠中の初感染の可能性があるため、精密検査が必要です。IgGアビディティ検査を行い、感染時期を推定します。また、超音波検査で胎児や胎盤に異常がないかを確認し、感染リスク行動(生肉摂取、猫の糞との接触など)の有無を問診で確認します。必要に応じて、治療薬の投与が検討されます。

母子感染を防ぐための食事・生活習慣の予防ガイド

トキソプラズマ症は、日常生活での注意によって予防可能な感染症です。具体的な予防策を見ていきましょう。

肉類の中心部67度以上の加熱と調理器具の洗浄

肉の加熱は、最も効果的な予防法の一つです。トキソプラズマのシストは、肉の中心部が67℃以上になるまで加熱することで不活化されます。厚めの肉を調理する際は、中心部までしっかり火が通っているかを確認してください。

調理の目安としては、肉汁が透明になり、ピンク色の部分が完全になくなるまで加熱しましょう。電子レンジで調理する場合も、加熱ムラがないよう注意が必要です。料理用温度計を使用すると、より確実に中心温度を確認できます。

また、調理器具の管理も重要です。生肉を切ったまな板や包丁で、そのまま野菜や果物を切ると、二次汚染のリスクがあります。生肉用と野菜用で調理器具を分けるか、生肉を扱った後は調理器具を温水と洗剤でよく洗浄してから他の食材を扱うようにしましょう。

生肉を触った後は、必ず石鹸で手をよく洗ってください。

野菜・果物の十分な水洗いと手洗いの徹底

野菜や果物の表面には、土壌由来のオーシストが付着している可能性があります。食べる前に流水でしっかりと洗うことが大切です。

特に、葉物野菜は葉と葉の間に土が残りやすいため、1枚ずつ丁寧に洗いましょう。根菜類も、土をよく落としてから調理してください。可能であれば、野菜や果物の皮をむくとより安全です。

また、食事の前やトイレの後、土に触れた後などは、こまめに手を洗う習慣をつけましょう。石鹸を使って、指の間や爪の間まで丁寧に洗うことが重要です。少なくとも20秒以上かけて、しっかりと洗ってください。

飼い猫の完全室内飼育とトイレ処理の分担

猫を飼っている場合は、完全室内飼いにすることで、猫がトキソプラズマに感染するリスクを大幅に減らすことができます。外に出ると、小動物を捕食したり、他の猫の糞に接触したりする可能性があるためです。

また、猫に与える食事も、生肉は避けて加熱済みのキャットフードを与えるようにしましょう。

猫のトイレ掃除は、妊娠中は可能な限り家族に任せてください。パートナーやご家族に協力してもらいましょう。どうしても自分で掃除する必要がある場合は、使い捨て手袋を着用し、掃除後は必ず石鹸で手を洗いましょう。トイレは毎日掃除して、オーシストが成熟する前に処理することが望ましいです。

飼い猫が心配な場合は、動物病院でトキソプラズマ抗体検査を受けることもできます。費用は数千円程度です。

感染確定時のアセチルスピラマイシンによる薬物治療

妊娠中にトキソプラズマの初感染が疑われる、または確定した場合は、胎児への感染を防ぐための治療が行われます。

日本では2018年8月から、スピラマイシンという抗菌薬が「先天性トキソプラズマ症の発症抑制」を効能・効果として保険適用で使用できるようになりました。

スピラマイシンは、母体から胎児への感染を抑制することを目的とした薬剤です。通常、1回2錠(スピラマイシンとして300万国際単位)を1日3回経口投与します。妊娠成立後のトキソプラズマ初感染が疑われる場合、速やかに投与を開始し、胎児感染が確認されない場合には分娩まで投与を継続します。

早期から服用することで、胎児への感染率を約60%低下させる効果が報告されています。ただし、すでに胎児に感染が成立している場合は、スピラマイシンでは効果が期待できないため、他の治療薬の使用が検討されることもあります。

治療薬の選択や使用方法は複雑で、妊娠時期や胎児の状態によって異なります。トキソプラズマ初感染が疑われる場合は、産婦人科医とよく相談しながら、適切な対応を受けることが大切です。

まとめ

妊婦のトキソプラズマ症は妊娠中の初感染が問題です。胎児への感染率と重症度は妊娠時期で異なり、妊娠初期ほど重症化しやすい傾向です。主な感染経路は加熱不十分な肉、猫の糞、土壌です。予防には肉の67度以上の加熱、野菜の水洗い、手洗い徹底が有効です。初感染が疑われる場合はスピラマイシン治療で胎児への感染を防げます。正しい知識で安心して過ごしましょう。

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